さびしさが伝統を守る

 こんなハズじゃない。こんなモンじゃないと駆動するエンジンが鈍りかけた時、寂しさが静かに後を追走してきていることに気づきます。しかし関係性を水平方向に広げても、時間軸をとってしまうと容易く千々に乱れます。そういうわけで我々クソオタはガンダムエヴァンゲリオンを好むのかもしれません。自分が思うにこれらは、問答無用に超常的に繋がる繋がりを自分で分断する物語です。寂しさをハァハァと卵を撫でるように愛おしむものです。

 こんなモンである。とエンジンの安定を覚えた時、ゴールの後ろは断崖絶壁であったことを知ります。崖の下は広大な海が広がっていて、運転席から降りたみんなが気持ちよさそうにプカプカ浮いているのです。ポニョ!そうすけだーいすき!などと妄想しようとしても、カーナビがそれを無残に打ち砕きます。崖の下には何もないのです。全く、なにも。信じたくなくても、これまでさんざん使っていたナビを今更疑う事はできなくなっています。

 だから自分のゴールのことは一旦忘れて、レースのことを考えます。レースは自分のゴールの後もずっと続いていき、もしかしたらこの車や誰かに教えた運転技術が使われつづけることもあるかもしれないと。時間軸方向へ垂直に繋がっていく関係性は想像の範疇を超え伸びていきます。千切れない繋がりを遂に見つけて歓喜します。そうだ、レースが大事だったんだ。いや、むしろ。俺がレースだ!レースのゴールは果てしなく続く!と浮かれきった時に大会委員会からの知らせが入ります。「今季をもちまして本大会を終了させて頂きます。個々人の旅路について本部は関与致しませんので、引き続き存分にお楽しみ下さい。」…そしてゴールは目前に迫ります。


 だいたい人間歳取ると、自分のことばかり考えてると押しつぶされてしまうのではないかな。僕は思索が足りない人間というのがあまり好きじゃないのだけれど、考えろ考えろ。と人に要求することにも限界を感じている。だって価値相対主義の思索が最初に行き着く果てって、俺はみじめに何時か死ぬ。無意味。空虚!って相場が決まってるじゃないですか。それってすごく辛いんだよね。夜布団に入ると寝れなくなってしまうぐらい。で、結局その寂しさから抜け出そうとすると古来からの伝統、みたいなものを選択していたりして、立派な保守派になっちゃったりしている。なんか実際保守派のひとって転向した人が多いみたいだし。

 だから民主党は今回の特例会見問題ではバカやったよなあと思う。憲法解釈的にも小沢より志井のほうが説得力高いのだが、そもそもそういった小理屈じゃないところで成立しちゃってるんだよ。理屈が優先度高ければ、激動する政治の中で紀元前も前から続いたりはしないよ。この近代、超文明国家でありながら、三種の神器とかいっちゃってんだぜ。そういうところに踏み込んでおいて、下手な小理屈並べて、俺は正しいて。政治は正しさじゃなくて支持されるかされないかで決定されることは、当の政治家が一番良く分かってるだろうにね。だから、やっぱりバカだよなあ。しかもよりによって外交相手のために使っちゃあ、ねえ。左翼受けすら悪い。

 それで、そこまでしてやるメリットは何があったのかってのが一番謎。そこが知りたいね。